こんにちは、やさプロのしょう(@yasapuro)です。
私は不登校時代、学校が嫌で行きたくないわけではなかったです。むしろ行きたいのに、行こうとすると気分が悪くなったりしんどくなったりして行けなかったです。
今日は当時のことを振り返ってみようと思います。
ジレンマに苦しんでいた
行きたいのに行けない……
この気持ちは当時誰にも理解されなかったです。
学校には友達もいるし、勉強もできる方だったので授業そのものが苦痛というわけでもありませんでした。
頭では学校に行きたいなとずっと思っていました。
それでも、朝になるとどうしても体が動かず行くことができませんでした。
周りから理由を聞かれても、自分でも分からなかったです。
何が嫌だったのか
今思うと、何かが嫌で、拒否反応を起こしていたのだと思います。
1つの事が原因ではなくて、いろんな事が原因だったのだと思います。
例えば、授業中に当てられて発表するのが苦手だったとか、友達同士の喧嘩を見て嫌な気分になったとかそういったことがたくさん積み重なって自分の中で限界を超えたのだと思います。
それからの事
不登校になって、自分自身のことを見つめる時間をしっかりとって、これからどうしていこうかを一生懸命考えました。
心のエネルギーをためつつ、学校に戻れるように努力もしてました。
その甲斐あって、理科や数学の授業にはたまに出ることもできました。
ただまぁ、それもひとつの経験としては大事ですが、やっぱり通っていた学校は自分には合わなかったのだと思います。
それから時間が経ち高校生になって、久々に学校の楽しさを知ることができました。
と言っても、出席日数の1/3は休んでいるのですが笑
相変わらず調子の波はありましたし、「毎日通える自分」にはなれていませんでした。
それでも、中学生のころとは違っていました。
友達もでき、学校の勉強はそこそこに資格の勉強に打ち込み、毎日完璧に通えなくても、自分なりに前に進んでいる実感がありました。
まとめ
いまは、自分のやりたいようにやりたいことをやっているので、自分の調子の波もある程度制御しやすいです。
また嫌な事はしなくてもいい、完璧にやり遂げなくてもいいと学習したので、無理なく過ごすことができています。


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