こんにちは、やさプロのしょう(@yasapuro)です。
不登校当時(小学5年生~中学生のとき)に抱いていた大人への不満について書いていこうと思います。
大人への思い
率直にいうと、私の好きなことは取り上げて、嫌なことを押し付けてくる大人が嫌いでした。
その一方で、少なくとも高校までは進学してほしいという親の意見には、一理あると思っていたので、学校に行きたいのに行けないモヤモヤというか自分へのイライラというか、複雑な気持ちでした。
私がどうして学校に行かないのか、両親や先生たちが困っている以上に、私は自分のことが分かりませんでした。
自分の中でも気持ちの整理がつかず、周りの大人にどうしてほしいかを表現できないもどかしさもありました。
優しい大人もいた
学校の中に教室とは別に居場所を用意してくれていましたが、登校中に同級生に会いたくなかったので、みんなが登校しおわったころを見計らって、登校していました。
ひとり遅刻しながら登校しているものですから、どうしたのかと気になった地域の人が声をかけてくれたことも何度もありました。
申し訳ない話ですが、当時は人に話しかけられたくないし、私のことを認識してほしくなかったので、「話しかけないで!向こう行ってて!」と思っていました。
教頭先生が1対1でついてくれて私のために時間割を作ってくれて、勉強のプリントを用意してくれるなど、手厚く支えてくれました。
優しさに救われた
その優しさは、人間不信になっていた私の心を、ゆっくりとではありますが、ほぐしてくれました。
どんなに反抗的で、自分の力で全てを成し遂げたいと思っていても、大人の存在なしでは成り立たない現実があることに、薄々気づいていました。
例えば、パソコンを手に入れるためにはお金が必要で、それを手に入れるためには、親の協力が不可欠でした。また、体育祭や文化祭でどこまでなら参加できてどういうことはやりたくないかも、先生とのコミュニケーションが必要でした。
自由を求める気持ちと、大人に頼らざるを得ない現実とのギャップに悩まされました。
けれども、次第にそのことを受け入れ、少しずつ大人との関わり方を学んでいきました。
自分のやりたいことを叶えるためには、大人の理解や協力を得ることが大事だということを理解しました。
まとめ
性格がひねくれずに、素直に育つことができたのもの、周りの人の優しさのおかげだと思います。
困っているのにヘルプを出せない私に手を差し伸べてくれる大人たちがいたからこそ、信頼する気持ちを持ち続けることができました。
いま、不登校支援について私ができることがないか、考えながら日々生きているのも、当時の優しい大人たちのおかげです。


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